0234 山口県 彦島八幡宮のペトログラフ岩

【Introduction of Iwakura234】Visit・Photo:2026.2.29/Write:2026.4.4


□分類:【新】磐座(狭義の磐座)、線刻のある岩石

□信仰状況:神社に祭祀されている。

□岩石の形状:岩群(7個)

□備考:人工物、線刻された時代や目的は不明

□住所:山口県下関市彦島迫町

□緯度経度:33°56'28.98"N 130°53'45.21"E

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山口県下関市の彦島には、彦島八幡宮が鎮座しています。

保元の乱により彦島に逃避していた河野通次(伊豫水軍)が、保元二年(1157)に海中の光輝く物を引き揚げると、裏に八幡像が刻まれた明鏡でした。通次は、一族の護り本尊であるとして、海辺の小島の祠に鏡を納めて光格殿と命名しました。これが彦島八幡宮の発祥と伝えられています。平治元年(1159)に、通次自ら宇佐神宮より御祭神を勧請しました。正平四年(1349)2月3日の夜に、河野通次四代の孫・道久の代に「里より四丁、酉の方に平地あり、是れ我れが鎮座の地なり」という八幡大神の御託宣があり、現在地に社殿を造営しました。現存の社殿は文政3年(1820)に再建されたものです。なお、昭和33年(1958)に山口大学考古学小野教授の調査により、境内から縄文前期後期の土器や石族、石斧、石錘、石砥等三千余点が出土し、宮の原遺跡と命名されています。

 

この彦島八幡宮に「古代文字彫刻の磐座 ペトログラフ」という看板が立った岩群があります。

神社のホームページによると、三菱重工業造船所のドックと巌流島の海底をいつも移動している岩があり、進水式のたびにその岩が泳いできて邪魔をするので引き揚げたが、神霊の宿る岩なので祟りのないように神聖な場所に安置すべきだという機運が高まり、昭和57年(1982)5月に彦島八幡宮の境内に安置された。また、三菱重工業の下関造船所前の道路工事の際に出土した10個の岩石を工事関係者が貰い受けて小野田市の自宅の庭石に使用しました。ところが、原因不明の不幸な出来事が起こり、この岩に何かあるのではと調査が入り、吉田信啓氏より4個の岩からペトログラフが発見され、彦島八幡宮の「泳ぐ岩」の側に安置された。

また、吉田説として「掲載図の解読により杉田丘陵した海岸神殿のものと見られるこれら7個の岩は「日の神や大地の女神、大気の神、天なる父神などに、豊穣をもたらす雨を、男女神にかけて、日の王(日子王=古代彦島の王)が祈り奉った」と解釈できる。「泳ぐ岩」1個ならまだしも、多くのペトログラフが三菱重工業株式会社下関造船所前から見つかり、造船所構内からも出土しているところからも、古代には、杉田丘陵頂上の彦島神殿の他に、これを遥拝する形での「彦島第二神殿」とでも言うべきものが、現在の三菱造船所前小公園あたりの海岸部にあった事が推定できるのである。」と記載されています。

 

彦島八幡宮の境内に岩石が運び込まれたのは1982年であり、吉田信啓氏が線刻の研究を始めたのは1986年なので、吉田氏は彦島八幡宮の境内において、線刻を発見した事になります。

その岩面には、現在も白い塗料の痕跡が残っています。学術的には現状保存が優先されるべきであるにもかかわらず、塗料の塗布によって貴重な線刻が損なわれており、これを行った者は研究者としての資質を欠いていると言わざるを得ません。

さて、この岩面に線刻が存在するかという問題について述べます。「ペトログラフ」という看板が立っている場所には3つの岩が存在していますが、そのうち最も南側に位置する岩について短時間ではありますが調査を行いました。

岩質は安山岩か玄武岩と考えられます。表面には長く直線的な細い溝が認められますが、これは岩石の形成時における冷却過程や地殻変動による応力、さらには温度変化の繰り返しなどによって自然に生じたひび割れです。このひび割れにも白い塗料が塗布されており、明らかな誤認です。また、岩面は全体として凹凸があり、U字状の直線的な溝(幅約6mm、深さ約2mm)が確認されます。一見すると石を擦りつけて摩耗によって削ったようにも見えますが、その中心部にひび割れが確認できるものが存在します。これは、もともとの岩の割れ目に沿って水が浸入し、選択的に風化が進行した結果として溝が拡大したものであり、この点から自然である可能性が高いと考えられます。さらに、溝の太さが一定ではない点も自然生成を肯定する要素の一つです。

しかしながら、一部の線がやや強調されて見える点については留意が必要であり、また、周辺の岩に、直径約80mm、深さ約12mmの盃状穴を確認しました。これらの点を踏まえると、短時間の調査では、全ての凹凸を自然現象として完全に否定しきるには至りませんでした。以上のことから、現時点では一応、線刻のある岩石に分類しておきます。

また、このペトログラフ岩を彦島八幡宮がどのように扱っているかについても興味深い点があります。この岩群は、外部から持ち込まれた、いわゆる「祟り石」のような存在であったと伝わっています。現在の取り扱いについて神社関係者に伺ったところ、「神霊が宿る磐座として祀っています」との回答を得ました。ただし、神降ろしの儀式は行っていないとのことですので、厳密に分類すれば「磐座」ではなく「石神」とするのが適切であると考えられます。しかしながら、神社が「磐座」として祀っていますので、「磐座」に分類しておきます。なお、神社がこの岩を祀り始めたのは1982年以降であることから、【新】を付して古代祭祀跡とは区別します。

余談ですが、ペトログラフ岩の御朱印があるというのでいただくと「古代文字刻銘の泳ぐ神秘之磐座 彦島ペトログリフ」と書かれていました。「petroglyph(石に刻む) 」は「ペトログリフ」と訳すのが正しく、「ペトログラフ」は誤表記です。看板やホームページは「ペトログラフ」なのに、御朱印だけ正しい「ペトログリフ」と表記されているのはなぜでしょうか。

 

イワクラハンター平津豊

 

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