0230 山口県 下関の二見夫婦岩

【Introduction of Iwakura230】Visit・Photo:2026.2.28/Write:2026.3.20


□分類:信仰設備(広義のイワクラ)

□信仰状況:民間に祭祀されている。

□岩石の形状:双岩、メンヒル(立石)

□備考:

□住所:山口県下関市豊北町大字北宇賀

□緯度経度:34°14'33.98"N 130°55'01.62"E

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国道191号沿いの海岸に注連縄が渡された2つの巨岩があり、夫婦岩と呼ばれています。大きな巨岩の高さは9メートルもあります。また、この近くに二見漁港があり、駅名も長門二見です。伊勢参宮前の禊の地として有名な伊勢の二見浦に夫婦岩があり【Introduction of Iwakura132】、それに類似した巨岩があることから、この地に「二見」という地名が付けられたと考えられます。

説明看板には次のように書かれています。

「伝説によると、二見浦の背後、馬路山に棲む龍が台風で大時化となる日、夫婦岩の間を通り、本郷沖、壁島の龍権社に御詣りされるという。 この龍伝説のある夫婦岩の注連縄張りの起りは、今より約百五十年前の嘉永年間(一八四八〜一八五四)にさかのぼる。当時、二見浦は沿岸漁業が盛んであり、地元の漁民が豊漁と海での安全を祈願するために両親健在の若者らを選び一月十一日手斧始め(ちょうなはじめ)の日、この夫婦岩に注連縄を渡す神事を始めたとされている。それ以来、当地区の年中行事の一つとして定着し、北浦一帯に広く知られ今日に至っている。この郷土の誇る勇壮な伝統行事は時代の変遷により多少の変更がなされている。現代では新春早々の一月二日の夜明けを待って綱打を開始し、褌姿の男衆が若潮で禊をした後、夫婦岩によじ登り、注連縄を張り替える。 岩下では残りの男衆が注連縄を竹の棒の間の又(かんのまた)で支え、その張り具合を調整する。注連縄張りの作業を無事終えると、男衆は、御神酒で祝杯をあげ、今年一年の豊漁と息災を祈願する。

夫婦岩と注連縄の概要

一、 夫婦岩  男岩 五間(九メートル)、女岩 三.五間(六メートル)

一、 注連縄 長さ 打上げ十五間(二十七メートル)、房の数 平年十二下り・閏年十三下り、重量 約五十三貫(二百キロ・ワイヤー入り)

平成十七年七月吉日 下関市豊北町二見自治会」

 

この夫婦岩は、少なくとも江戸時代から信仰されている事がわかりますが、それ以前については情報がありません。

また、伊勢の夫婦岩は、沖の興玉神石の鳥居の役目であると同時に夏至の太陽が夫婦岩の間から昇ります。この山口県の夫婦岩も夫婦岩の間を龍が通る伝説になっていますので、夫婦岩は龍が通る目印であり、厳密にいえば夫婦岩への信仰ではありません。本例は、信仰設備(広義のイワクラ)に分類しました。

一方、二つの巨岩は、北北西に向いて開き、その先に壁島がありますが、2つの巨岩の間はスリットにしては広すぎて方位を特定することはできません。天文考古学的な意味は発見できていません。

イワクラハンター平津豊

 

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