0221 青森県 十和田湖 十和田神社の本殿

【Introduction of Iwakura221】Visit・Photo:2021.4.17/Write:2026.2.15


□分類:磐座(狭義の磐座)

□信仰状況:神社に祭祀されている。

□岩石の形状:巨岩単体(割れている)

□備考:岩石を寄せ集めて造った基礎土台の可能性もある。その場合は磐座ではない。

□住所:青森県十和田市奥瀬

□緯度経度:40°25'59.35"N 140°53'32.14"E

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十和田湖は、3万5000年〜1万5000年頃の巨大噴火によって形成されたカルデラ湖です。古代より霊域視されていた可能性が高い場所ですが、915年に起った大噴火は、周辺に壊滅的な打撃を与え、荒ぶる神の顕現とそれを沈める龍神信仰を生みました。現在、十和田神社が鎮座しています。

十和田湖国立公園協会によると、この場所の信仰のはじまりについては、2つの説があり、一つは、807年に坂上田村麻呂の東征するときに、湖が荒れて渡れないので、祠を建てて祈願したという説。もう一つは、熊野の南祖坊が神から鉄の草鞋と錫杖を授かり、「草鞋が破れた所に住むべし」とのお告げを得て、諸国をめぐっていたが、十和田湖で草鞋が尽きた。その十和田湖では、マタギが湖の岩魚や水を喰らううちに八郎太郎という八頭の大蛇となり湖を支配していた。南祖坊は、九頭の龍に変化し二十尋の身体を十曲(とわだ)に曲げ、八郎太郎を退治した。という伝説です。

後者の伝説は、鎌倉から室町時代に成立したものと推測され、南祖坊は、青龍権現として祀られ、十和田湖という火山霊地を仏教世界に組み込むための象徴的存在と考えられます。

江戸時代には、青龍権現を祀る神仏習合の霊山として北東北最大の山岳霊場で、額田丈嶽熊野山十彎寺が建っていました。1868年の神仏分離令により修験道は禁止されました。十彎寺でも「日本武尊」を御祭神とする「十和田神社」となることを申し立てましたが認められず、御堂は取り壊されました。1875年に復社を許され、御堂の跡地に日本武尊を祀る十和田神社が建立されました。したがって、十和田神社自体は明治時代に建てられた新しい神社です。

十和田神社の御本殿は、岩石の上に建てられています。この岩石については、岩石を寄せ集めて造られているとも考えられ、その場合は単純に本殿の基礎土台として岩石を利用しているだけとなります。十和田神社の前身である十彎寺において、この岩石をどのように扱っていたかはわかりませんが、修験道では岩石を神聖視していました。現在の姿は、岩石の上に本殿があるので、神を降臨させる磐座の形を取っています。とりあえず「磐座(狭義の磐座)」に分類しました。つまり、この岩石の上に日本武尊を降臨させるのではないかと考えたのです。

しかし、この場所は前述したように火山信仰と龍神信仰の場所です。十和田神社の東北方向の山の上に神泉宛と呼ばれる場所があり、南祖坊が「法華経」を唱えて祈りを捧げたといわれる行場です。さらに、神泉苑の断崖絶壁を40メートル降った所に占場(おさご場)があります。南祖坊が十和田湖に入定した場所といわれています。参拝者は、目の前に火山信仰の対象である御倉山の奥院を拝みながら散供打ち(さんぐうち)を行っていました。散供打ちとは、銭や米を紙に包んで湖中に投じる占いです。現在は、絶壁に掛けられた鉄の梯子が非常に危険なので、立ち入りが禁止になっています。占場から望める奥院の御室という洞窟の様子をテレビで見ました。壁の岩脈の輪が幾重にも重なって大きな「目」に見え、神秘性を高めています。

イワクラハンター平津豊

 

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