0202 兵庫県 伊和神社宮山の磐座

【Introduction of Iwakura 0202】Visit・Photo:2012.7.15/Write:2025.12.14


□分類:磐座(狭義の磐座)

□信仰状況:神社に祭祀されている

□岩石の形状:巨岩組

□備考:

□住所:兵庫県宍粟市一宮町

□緯度経度:35°05'35.818"N 134°35'47.716"E

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播磨国の一ノ宮は、兵庫県宍粟市の伊和(いわ)神社です。伊和神社については【Introduction of Iwakura0056】を見てください。

この伊和神社では、21年毎に一つ山祭、61年毎に三つ山祭という式年祭が執り行われます。一つ山とは宮山、三つ山とは白倉山・高畑山・花咲山のことで、祭りではこれらの聖山を遥拝します。

一方、姫路の播磨国総社の射盾兵主神社でも20年毎に三つ山大祭、60年毎に一つ山大祭が行われます。この三つ山大祭では、本殿から神様を神門の上に設営された仮殿にお移しになる門上殿渡御祭と、18メートルもの高さで作られた3つの置山に、全国の神様を招き入れる山上殿降神祭が行なわれます。射盾兵主神社の神様が空中で全国の神様をもてなすという珍しい祭りです。平安時代の中期頃、国司が国内諸神社の巡拝の労を軽減するために国内諸神社を勧請して一括に参拝できるように作った神社が総社です。射盾兵主神社も総社ですから、この射盾兵主神社の大祭は、伊和神社の祭りをなぞったものと考えます。18メートルの置山は、伊和神社の周りの聖山を模したものでしょう。

さて、その伊和神社の聖山である宮山は、伊和神社の東1.2キロメートルのところにある美しい三角錐の形をした山で、標高は標高514メートルですが、麓からの標高差は356メートルなので神奈備山と考えられます。

登山口の直ぐそばに、産霊神社という小さな神社があり御祭神は、磐裂神と書いてありました。磐座の存在を示唆していると思います。

登山道は整備されており歩きやすく1時間ほど登ったところに磐座という看板があり、登山道から外れる方向を指しています。その崖を登りきると巨大な岩石群が見えてきます。木が生い茂っており、全体像はよくわかりませんが、巨大な岩の下が他の岩に支えられているいわゆるドルメンがあり、その中に小さな祠を見つけました。これが宮山の磐座と推測しました。このドルメン以外にもV字にカットされた岩、鏡石らしきもの、盃状穴、磁気異常もありましたが、全体的に岩組みが散乱しており、破壊された跡という感じがしました。

宮山の頂上部は、岡城跡となっており、主郭や堀跡などの遺構が残っています。1392年に赤松治部少輔教弘が最初に城を築き、いったん落城した後、岡城豊前守吉政が居城としましたが1580年に羽柴秀吉によって落城したと伝えられています。

この築城時に磐座は破壊されたのではないでしょうか、また、築城前の宮山の頂上部にもっと大きな磐座が存在していた可能性もあります。

 

イワクラハンター平津豊

 

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