0190 高知県 唐人駄場巨石群 鏡石

【Introduction of Iwakura190】Visit・Photo:2014.10.26/Write:2025.10.11


□分類:目的不明の岩石遺構(広義のイワクラ)

□信仰状況:信仰の形跡なし。

□岩石の形状:巨岩

□備考:周りに巨岩群

□住所:高知県土佐清水市松尾

□緯度経度:32°44'42.69"N 132°59'05.31"E

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高知県足摺岬に唐人駄場と呼ばれる広場があり、その広場を見下ろすように巨石群が聳えています。この巨石群と唐人駄場の距離は200メートル程なので、この巨石群と唐人駄場の列石【Introduction of Iwakura189】の関係は深いと考えられます。イワクラペディアでは、唐人駄場の列石を含めて唐人駄場巨石群と呼ぶことにします。巨石群は、数十トンの巨岩が30メートルの範囲に累々と積みあがっています。

唐人駄場をはじめとする足摺の巨石群に最初に注目したのは、イワクラ学会の渡辺豊和会長です。渡辺氏は1991年発行の著書の中で足摺岬のことを取り上げています。

その後、1993年に古田武彦氏が「足摺に古代大文明があった」という説を発表しました。

古田氏の著書『古代史をゆるがす・真実への七つの鍵』(原書房、1993)によると、古田氏らは、1993年10月25日と11月3日に、唐人駄場巨石群の鏡岩や坊主石など数か所に銀紙を貼って、

1~2キロメートル離れた展望台や海上から観察して、太陽光が巨石群に反射することを海上から確認できたと報告しています。そして、古田氏は、この、唐人駄場巨石群が縄文灯台ではないかという説を発表したのです。

つまり、縄文時代に太平洋沿岸に造られた巨石遺跡が、沿岸航海の灯台の役割を果たしていたのではないかという説です。

この説が、渡辺氏の「縄文光通信ネットワーク」の構想に触発されたものであることは明白です。

また、古田氏が実際に実験を行った行動力には敬意を表します。ただし、その実験結果については科学的な意味合いが薄く、むしろイベント的な性格が強かったように思われます。

1997年には、土佐清水市教育委員会より『足摺岬周辺の巨石遺構-唐人石・唐人駄場・佐田山を中心とする実験・調査・報告書-』が発表されました。教育委員会が巨石遺構の存在を認めることは非常に珍しく、前例もほとんどありません。

この調査は、土佐清水市が足摺の巨石群を観光資源として活用しようという意図のもとに行われたようですが、結果として考古学会などのアカデミズムから批判を受けることとなったようです。

写真は、巨石群の中で平面積が最も広い千畳敷石(せんじょうじきいわ)から撮ったものです。

ここは、黒潮が見えるほど見晴らしの良い場所です。向って左が坊主石で、この岩の上には人が座れるほどの窪みがあり、巨大な盃状穴ではないかという意見もあります。また、左の岩石が坊主石を包み込むように湾曲しているのは、なんとも不思議な構造をしています。中央の四角い岩石は、斜めに倒れていますが表面に削られたかのような跡があります。

その右前の巨石は鏡石と呼ばれている岩石で、鏡面は冬至の日の出方向を向いていると言われています。2014年当時の筆者の測定では、鏡面は140度を向いており、足摺の冬至の日の出方向とはずれていました。その当時は筆者に天文考古学的な視点が欠けており、再訪して、唐人駄場巨石群の詳細な調査を行いたいと思っています。 

イワクラハンター平津豊

 

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