神戸六甲山のイワクラにまつわる謎 その3


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〇2017年5月6日に平津豊のミステリースポットに掲載していた論文を、2025年6月9日に3つに分割して平津豊のイワクラ研究サイトに転載。

 

 

六甲山のレイライン

六甲山のイワクラ配置について、2013年7月に私のホームページで『六甲山系の磐座~六甲に走るレイライン~』として発表した(イワクラ学会会報29号に掲載(2013))。

それは、江頭務氏が発見した叢雲剣のイワクラと八咫鏡のイワクラと弁天岩が形成する正三角形の底辺を延ばした線(Bライン)と三角形の頂点から、この底辺Bラインに平行で引いた線(Aライン)上に、重要なイワクラが位置していることの発見である。

【六甲山のレイライン 1    平津豊説】

 

●Aライン

Aライン(北緯34度45分54秒~34度46分04秒)の東端から、祈りのイワクラ、太陽石、八尺瓊勾玉のイワクラ、叢雲剣のイワクラ、天穂日の磐座、六甲比命のイワクラ群がこのライン上に位置する。

特に、天穂日の磐座には、このAラインの方向を示す線刻があり、このAラインをなぞるように小さな岩が点々と続いている。

 

 

【天穂日の磐座の近くにある線刻】Photograph 2013.4.21

 

【天穂日の磐座から西に連なる岩】Photograph 2013.4.21

 

●Bライン

Bライン(北緯34度45分06秒~34度45分16秒)の東端から、八咫鏡のイワクラ、弁天岩、天狗岩、堡塁岩、三国岩がこのライン上に位置する。

未だ紹介していない堡塁岩は、岩が積み上がった巨大な岩で、クライミングで有名であるが、この岩も祭祀に関わったイワクラと推測する。また、海から見える磐座でもあり、シーマークの役割もあったと考えられる。

 

【保塁岩(西)  東から撮影】Photograph 2013.4.21

 

【保塁岩(西) 突端部を南から撮影 この方向から拝した可能性がある】Photograph 2013.4.21

 

六甲山系を横断するこのAラインとBラインは東西のラインであり、春分と秋分の太陽の日の出と日の入りの方向である。なぜ六甲山のイワクラが一直線に並ぶのか、なぜ二本なのかについては、今後も研究して、明らかにしていきたいと考えている。

なお、場所は明かせないが、前述した目神山八光会の磐座のイワクラもこのライン上にきっちり載っていることだけは記しておく。

【六甲山のレイライン 2    平津豊説】

 

ここで、六甲山系で最も手厚く祀られている越木岩神社の甑岩が、このAラインにもBラインにも乗っていないのが気になるが、前述したように甑岩の祭祀ラインは南北750メートルもあり、その中心は奥津磐座にあたる太陽石である。この太陽石は、Aライン上に載っている。

また、甑岩と六甲山神社の磐座は、石の祠を介して結びついており、この2箇所を直線で結ぶと、六甲山神社の磐座から越木岩神社の甑岩を結ぶラインは、冬至の日の出方向と一致する(平津豊説)。

【六甲山のレイライン 3    平津豊説】

 

江頭務氏が発見した叢雲剣のイワクラと八咫鏡のイワクラと弁天岩の正三角とその一辺の延長線上に保久良神社の磐座群に至る。

そして、保久良神社の磐座群から甑岩を結ぶラインは、夏至の日の出方向と一致する(平津豊説)。

【六甲山のレイライン 4    平津豊説】

 

芦屋神社と天の穂日の磐座は、神社と奥宮の関係で結びついているが、天の穂日の磐座から芦屋神社を結ぶラインは、冬至の日の出方向に一致している(大江幸久説)。

 

【六甲山のレイライン 5    平津豊説】

 

また、当然のように、天の穂日の磐座と六甲山神社の磐座を結ぶと、夏至の日の出方向と一致してしまう(平津豊説)。

【六甲山のレイライン 6    平津豊説】

 

さらに、六甲山神社から真南に延ばした線は八幡滝に至るが、この八幡滝は、保久良神社の直ぐ側であり、保久良神社の祭祀場の範囲内と考えて良いかもしれない。

また、保久良神社から真東に伸ばしたラインと甑岩の祭祀ラインを南に伸ばしたラインと叢雲剣のイワクラと八咫鏡のイワクラと弁天岩の正三角の一辺を伸ばしたラインが交わる場所には、イワクラが存在しているべきであるが、国道2号線が通っており、イワクラが存在していたとしても破壊されてしまっているであろう。ただ、この交点から300メートル離れた場所に日向巨建岩が存在していることを付け加えておく。

【日向天巨建岩 北から撮影】Photograph 2013.3.16

 

このように、六甲山周辺には、数多くのイワクラが存在し、それらが計画されたように配置されている。

その配置が、太陽運行と関係のある方向であることから、偶然ではなく意図されたものと推測する。

縄文人は、二至二分の方向に巨石を配置し、その巨石から太陽が昇ったり沈んだりする光景を見て、二至二分を知ったのであろう。

それが時が経つにつれて忘れられ、重要な岩石であるという記憶だけが残った。

そして、アニミズムと結びつくことにより、重要な岩石は磐座として祭祀されるようになったと考えられる。時代が進んで、神話が作られ神に名前が付けられるようになると、神社祭祀へと変貌し、神社が山から田へ下ると、イワクラだけが元宮として山の中に残されたのである。

 

参考文献

 

1 倉野憲司校注:古事記、岩波書店(1991)

2 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋校注:日本書紀、岩波書店(1994)

3 植垣節也校注訳:風土記、小学館(1997)

4 特選神名牒(内務省蔵版)、思文閣出版(1925)

5 大野七三編著:先代旧事本紀、批評社(2001)

6 遠山正雄:皇学、「いはくらについて」(1933~1936)

7 大場磐雄:祭祀遺蹟、角川書店(1970)

8 大場磐雄:日本考古学会考古学雑誌、「磐座・磐境等の考古学的考察」(1942)、32巻8号

9 鳥居龍蔵:鳥居龍蔵全集第四巻 「上代の日向延岡」、朝日新聞社(1976)

10 小野真一:祭祀遺跡、ニュー・サイエンス社(1982)

11 藤本浩一:磐座紀行、向陽書房(1982)

12 須田郡司:日本の聖なる石を訪ねて、祥伝社(2011)

13 水谷慶一:知られざる古代、日本放送出版協会(1980)

14 坂江渉:神戸・阪神間の古代史、神戸新聞総合出版センター(2011)

15 渡辺豊和:縄文夢通信、徳間書店(1986)

16 ホームページ玄松子「玄松子の記憶」、http://www.genbu.net/

17 飯森隆年:「越木岩神社の古文書」(2008)

18 横田正紀:「本住吉神社紀」(2014)

19 大江幸久:ブログ「八上 白兎神社Ⅱと全国神話伝承」、

http://white.ap.teacup.com/hakuto/

20 大江幸久:「六甲山・瀬織津姫とワカ姫 和す・尽くす」(2013)

21 樋口清之:史前学雑誌、「摂津保久良神社遺蹟の研究」(1942)14巻2・3号

22 荒深道斉:『天孫古跡探査要訣』、道ひらき(1939)

23 荒深道斉:「六甲山神代遺跡保存会主意書」(1932)

24 楢崎皐月:「上古代八鏡之文字研究資料」(1954)

25 楢崎皐月:「日本の物理学予稿」

26 西宮市郷土資料館:「甲山八十八ヶ所」、西宮市教育委員会(2012)

27 大和岩雄:「神々の考古学」、大和書房(1998)

28 虎関師錬:「元亨釈書」大菴呑碩写(1558)

29 神代秘史資料集成天之巻、八幡書店(1984)

30 江頭務:「漢人のイワクラ」、江頭務イワクラ学会会報8号(2006)

31 江頭務:「神奈備山磐座群の進化論的考察」、イワクラ学会報9号(2007)

32 江頭務:「古代北山・太陽観測施設説の調査報告」、イワクラ学会報12号(2008)。

33 平津豊:「六甲山新イワクラレポート」 イワクラ学会報29号(2013)

34 平津豊:「目神山樹木伐採・清掃ボランティア」、イワクラ学会報30号(2013)

35 平津豊:「神戸六甲山のイワクラツアーレポート」、イワクラ学会報31号(2014)

36 平津豊:「越木岩神社の磐座の重要性と神社隣地の磐座の保存活動」、イワクラ学会報34号(2015)

37 平津豊:「保久良神社とカタカムナ」、イワクラ学会報38号(2016)

以下、ホームページ「ミステリースポット」http://mysteryspot.main.jp/より

38 平津豊:「六甲山系の磐座~勾玉の磐座発見~」2013年7月26日

39 平津豊:「六甲山系の磐座~六甲に走るレイライン~」2013年7月29日

40 平津豊:「越木岩神社の甑岩」2013年11月23日

41 平津豊:「保久良神社とカタカムナ」2014年3月8日

42 平津豊:「六甲山イワクラツアー~瀬織津姫を訪ねて~」2014年8月28日


発表履歴

 

○2013年7月29日 平津豊ホームページ ミステリースポットに掲載「六甲山系の磐座~六甲に走るレイライン~」

○2017年5月6日 平津豊ホームページ ミステリースポットに改訂して掲載「神戸六甲山のイワクラにまつわる謎」

○2017年12月11日 イワクラ(磐座)学会会報41号に掲載

○2019年1月、2月  兵庫歴史研究会 歴研ひろば 269号、270号に掲載

○2021年5月  平津豊『イワクラ学中級編』ともはつよし社(2021) に掲載

○2025年6月9日 平津豊のイワクラ研究サイトに転載


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